容量満杯のため、新しいアドレスに移行します。どうぞみなさま、新居にお越しください。
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広々とした平城宮跡。北側に隣接する地は秋の様子を見晴らすことができる小さな景勝地。復元された大極殿を望みながら、秋の野の様子をパシャ。

去年はおおぜいの人たちで賑わっていた平城宮跡。いまひっそりと姿をとどめているかのよう。

そしてここもまた秋模様。木々の色づきを眺めていた私。

「あきのののようす」。何で3回「の」を使うねん、と言われそうなタイトルでした。
深まる秋。あしたの奈良は雨が降るようです。
久しぶりの九州。慌ただしいような、のんびりのような。相変わらず車窓風景を楽しみ、おいしいものを食べ、コンデジでパシャパシャ。ちょっとした旅行記をご紹介しましょう。

福岡市内で初めて西鉄バスに乗車。天神駅ではやはり西鉄電車に乗車。以前に古写真で見た天神付近の風景と同じ場所をまたも探して、きっとここに違いないと駅のプラットホームから外を眺めて喜んでいた次第。

福岡市内のコンビニに入ったのも初めて。当地限定か、ぽっぽ茶というしょうがのブレンド茶を見つけて購入。
さて何と言っても長崎県立美術館の大観、龍子、観山、春草らの絵画を見ることができたのは偶然とは言え、喜ばしかったこと。印象、関雪、平八郎、甲人などなど明治から現代に至る名作秀作を通覧することができた。圧巻は大観、龍子、観山のそろい踏み。三人の歓談写真はいつ見てもすがすがしく、この3人がひとところに集まったとは、と感嘆しきりであった。

オランダ坂では女性たちにシャッターをとお願いされ、どう撮りましょうかと尋ねると、縦でも横でもかまいませんとの返事。ナイスアングルを探してパシャ。別の女性のカメラでもパシャ。ベストショットのつもりではあったが、どうだっただろうか。

帰りは大慌て。浦上駅からかもめ号に乗り込み、最終ののぞみに乗車。車内でこの文章を書いている。コーヒーを飲みながら、まだ少し残っているぽっぽ茶も飲みながら。SDカードから何枚かをJTrimでサイズ調整をして、Wi-Fiアカウントがないので駅に着くのを狙ってエントリー。

やっぱり遠い地はいいもの。
ここ数日の冷え込み。秋はいっそう深まりゆくの感ありです。
雨上がりの木々の様子も秋模様。赤い実が行く秋を記しているようです。

曽爾村からの帰り。道筋の社に舞い落ちる葉。秋から冬へとすぐにでも進みそうな気配さえ感じたものです。

穂は秋の象徴。吉隠(よなばり)の夕陽を眺めた先日でした。山の隠れた地がそういうふうに名付けられたと、かつて名張や針という地の話をしましたが、その吉隠の秋でした。

公園の木々の様子もすっかり秋。赤く色づいたその中を、のんびり、のんびり。

これからまだ秋の色を重ねていく木々。季節の移り変わりのさまは、いまカラフルに美しいです。

深まる秋の寒さに、どうぞ皆様お気をつけ下さい。
雨女さんのさわやか写真を見て、う~む、私もやってみなければ、と探してみました。さわやかという言葉に当てはまるのかどうか、なんとか集めた画像です。
すっきり白色。これならどうだろうかと、か弱い一輪です。周囲の緑がうまくマッチしたかどうか・・・

ハスをさわやかととるか、重いと見るか。ま、さわやかということにした十輪院でのワンショットです。

信州での一枚はいかがでしょうか。これもまたさわやかモードではないかもしれませんが、ま、いいっかと。

花の裏側から撮影した画像が多かったのも今年の特徴かもです。日差しを避けて、すっきり色の一枚を選んでみました。

う~む、なかなかむずかしいものです。さわやかな一枚。次の課題ですね~
さて明日から九州の地です。さわやかな一枚、どうなることやら。
時空の彼方を思い描いては空想の世界を楽しむ。宇宙の果てに一気に飛んでいき、振り返って自分を見たらどんな光景だろうか、などと大空を見渡すシーンを写真に撮っていないものかを探してみると、意外とそのような画像がないのです。9月まで遡って、ようやく幾つかを集めてみたのですが。
まだ日差しが暑かったころ。青い空を橘寺の向こうに眺め、しかし暑さに参って、もうこころで帰ろうと車を走らせた日。空はそれでも悠々と私を見ていたようです。

白毫寺は奈良を見渡せる景勝地。奈良市街のずっと向こうの生駒の連山。その美しい稜線の向こうは大阪。いつもそうして更に大阪から海を越えた四国の阿波を思うのです。遠い遠い先祖の地。堺にやってきた時から、私たちの歴史は始まったようなものです。

マーケットの駐車場から空を見上げること、しばしば。夕陽を見送り、あるいは青空の向こうを見つめる・・・

ようやく最近の空。曽爾村の青空。でももうこの時は日が沈みはじめていました。ススキが撮れなくても、こんな空と山を眺めることができるのだから、それでいいじゃないか。そんな思いでカメラを向けていた私でした。

空、空、空、とタイトルをつけるほどの内容でもなく、せめて雄大な宇宙を思い描こうと、大空を望んで、と題しました。望みは見渡すことなのか、思いを遂げることなのか。日本の未来をまたまた考えた日でした。
そうそう、そろそろ規定の容量に達しそうです。近いうちに新アドレスに移行しようかと考えています。その時はエントリーでお知らせします。
などと新しいシーンを求めてあちらこちらへカメラを持って。曽爾高原への途中、曽爾村の役場行きのバスが停まっていた後ろに停車して、こんなシーンをパシャ。

きょうは小さな公園に車を停めて散策していると、何かいい被写体がありますか~、と通りかかったおじさん。鳥がいるので~。そう答えてパシャ。

池の畔の散歩道。紅葉がそろそろいい色づきに。さっそくパシャ。

う~む、新しい感覚で撮れているだろうか。そんなことを考えながらまたパシャ。またパシャ・・・

さて南宗寺を訪れるたびに撮影している門。この位置、この角度。向こう側がいつも異世界に見えてしまう、私の心象風景です。
堺の南宗寺、宇陀松山、曽爾高原と、撮影ドライブのたびに、この前の信州よりはずいぶん近い、などとつぶやいていたものでしたが、では実際どれくらいのものなのか、例によってグーグルアースで見てみると、
近鉄奈良駅を起点にして、こうして見てみると、堺の南宗寺は曽爾高原といい勝負。曲がりくねった道を考えれば曽爾高原が少し遠いくらい。きのうの宇陀松山は、先日の友人との奈良巡りで訪れた聖林寺のひと山向こうという感じ。

宇陀松山から曽爾高原へと抜けたドライブポイントマップ。かつて訪れた長谷寺や室生寺との位置関係はこんな具合。夕陽を眺めた吉隠(よなばり)は長谷寺の近く。

さてでは先月の信州はどれくらい遠いのか。夜明けを眺めた白根山、か弱き草花・石仏を目に映した安曇野の位置を書き入れてみると、さすがに遠い・・・

宇陀松山。それは奈良市中心部のならまちと並んで、風情ある町並みが有名だが、私にとっては見知らぬ場所。そこがどんなものか、ちょっと覗いてみたくなったきょう。ナビに「宇陀松山」と「曽爾高原お亀の湯」をセットした。お亀の湯は写真同好会の仲間から聞いた場所。珍しい名前であったため、控えずとも覚えていた地であった。
さて宇陀川に沿って道を行くころ、川べりのススキが、沈み始めた陽に照らされるさまが美しい。しかしこれなら山々に遮られて、夕刻に美しいとされる曽爾高原のススキの群生する様子に関しては、時を逸してしまうのではと心配になった。

宇陀からもさらに山を越える曽爾の地。宇陀松山にとどまっては曽爾で陽が沈む。ススキはシルエットどころか、山の陰に色溶けた風景にしかならないのではないか。いや、この前正暦寺と弘仁寺を、山の辺の道の撮影の下見程度に見に出かけた、あのドライブの再現のような気がする。いや、きっとそうなのだ。ここで沈みゆく陽を見ている時刻になってしまっては、曽爾では夜を迎えるころになるだろう。撮影には時間がかかるに違いないのだから。
そうこうするうちに古い町並みに差しかかった。ナビは最初のゴールをあと一キロメートルほど先に案内してくれている。細い道を行くほどに、何人ものカメラを持った人々にすれ違い、三脚をセットする愛好家を見送った。駐車場らしき場所はありそうになく、見知らぬ町を訪れた、まさによそ者状態であったのだ。
即座に私は判断する。ここはもう一度じっくりと訪れなくては駄目だ。きょうは下見ということにして、早いうちに曽爾の村へ。そう考えて2つ目のゴールへとハンドルを切った。山を縫う曲がりくねった道。あと30キロほどの距離がどれくらい時間を奪うのだろうと、日没を案じてのナビチェックでもあった。

真っ暗な山中を行く。いや、それはナビのマップ上の話。長いトンネルを3つほど抜けた。ゴールまであと数キロ。曽爾高原を示す案内板を右折して、曲がりくねる道を登ると、ようやくお亀の湯と記された場所に出た。むむむ・・・人が多い。
駐車場入口から眺めると、車、車、車。いったいどこからこれだけの数が集まったのだろうか。しばらく待って、ようやく出ていく数台の代わりに、奥まった場所に車を停めた。が、ここまでは山中をドライブしたのみ。ススキを見渡せる高原は一体どこにあるのか。
道の駅のようなこの場所の、周辺地図を示す巨大なボードまで歩くと、あった、あった。ススキの群生を示す場所が記されている。いや、そこはまだ現在地から山道をかなり行かなければいけないあたり。地図を見に来ていた人に尋ねると、その人は歩いて行くつもりなのだという。

この先にある宿泊施設あたりから山を登ると、美しい光景は見えるらしい。車ですか、と尋ねられたので、はいと答えると、それならこの道路を行って、ここの駐車場に停めるといいですよ、と丁寧なアドバイス。礼を言って再び車を走らせたものの、往復にどれくらいかかるのだろう。日のあるうちに戻るには、そんなに時間はかけられない。とにかく先の駐車場へ。
キャンプ場への道が道路脇にある、峠のような場所に出て、前の車に続いて道を折れた。坂を登った所で先に進まない。駐車場があって、混雑しているのが容易に分かったが、さて時間計算。この分だと歩いて行く先が適切な場所かどうかもわからない。どうやら出発が遅かったのだとわかっても、それはどうしようもなかったのだ。
う~む、やはり今日は下見ということにしようか、とあっさり気持ちを切り替えた。狭い道で切り返してUターン。そのまま帰路へと車を走らせた。途中路肩に停めて少し撮影。山向こうは室生の里か、はたまた三重県の名張。ま、いいっか、と来た道を引き返し、夕陽を見ながらのドライブとなった。榛原、長谷寺、と桜井に向かい、三輪大社の巨大な鳥居を遠くに眺めながらののんびり運転。信州に出かけたあの時に比べると、山間の地・曽爾は近いものだと、またも千キロ超のあの日を思い浮かべていた。

最後の一枚は榛原の少し西、吉隠(よなばり)の夕景です。かつては人の訪れるのも稀な山里であったのでしょうが、いまや国道が通り、山の端に鉄塔がそびえ立っています。バス停に車を停めての、この日の締めくくりショットでもありました。

「すると、こちら側が表玄関なのですね。」
「いえ。向こうが表です。」
「さ、次へまいりましょうか。」

三好一族の供養塔を見てから、千利休の供養塔に戻って解説を聞いた。横には武野紹鴎の墓がある。東京からのおばさんがカメラでパシャ。
「実はあんまりお墓を撮るのは好きじゃないんですけどね。」
と私たちを気遣ってか、ぽつんと一言。
「得体のしれないものが映るとか。」
私がブラックジョーク気味に言うと、
「そう、それなんです。そんな写真になったら怖いですよね。」
おばさんはちょっぴり心配顔。
「大丈夫ですよ。私なんか、そこらじゅうを撮っていますから。」
安心させようとフォーローした。一同が笑顔に。ボランティアのおばさんがさらにフォローして、千利休と武野紹鴎の師弟関係を示すエピソードを披露してくれた。ご老人の不思議な言葉の重み。
方丈の灯籠の由緒や、砂石の模様を説明してくれると、
「中央の円はどうやって描くのでしょうか。」
とまたも質問する。
「さあ、私には・・」
困った表情に畳み掛けて、
「描く人の足跡を消すのもどうするのでしょうね。」
おばさんはちょっと考えて、
「描き終わったら向こう側に降りるのです。」
と笑顔で一言。
「消す順序があるのですね。でも円はどうやって・・・」
おばさんの説明はその時次のことがらに移っていた。

この日は中学生の社会科見学があるというので、茶室の中を拝見できたし、僧坊の戸も引きあけられていて、襖絵も屏風絵も方丈から見ることができた。見終えて先に進み、唐門を眺めた時、上野芝中学校お茶会の文字があったので、私が
「上野芝中学なのですね、きょうは。」
と言うと、おばさんはこちらを覗き込むように尋ねた。
「先生をされているのですか。」
中学校の方に反応したのだなと、一人にやりとしながら、上野芝の方に興味があったのですよ、と心の中でつぶやいてから答えるのだった。
「いえいえ、全然無関係です。」

寺内を一周して、もとの拝観入口で別れることになった。一時間ほどをご一緒したことになる。
「これからどちらかへ行かれるのですか。」
ボランティアのおばさんが優しく聞いてくれるのを、
「すぐに帰ってしまいますけれど。」
昼に帰る必要があったので、あっさりとそう答えた。
「では、ここで失礼します、お気をつけて。」
他を拝観するという東京のおばさんとともに挨拶され、丁寧に答えた。
雨はまだ降っている。観光の一期一会。そんなことを考えながら、みなさんご無事で、と心のつぶやきを残して車に乗り込んだ。
ああ、やっぱり信州よりはずっと近い。帰り道を思い浮かべながら、一応ナビをセットしてスタートした私だった。

帰りは外環状線の鉄塔風景を眺めながらの運転でした。それにしても、信州よりはずいぶん近い・・・またもや先月を振り返っていた私でした。
by 雨来早夢
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